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東京家庭裁判所 昭和40年(家)4715号 審判 1965年11月25日

申立人 野中昌子(仮名)

相手方 市川保男(仮名)

事件本人 市川良子(仮名)

主文

事件本人の親権者を申立人と定める。

理由

一、本件申立の要旨は、

申立人と相手方とは、昭和三五年二月二一日結婚式を挙げて直ちに同棲生活に入り、その間に昭和三五年一一月二五日事件本人である長女良子を儲け、同年同月二六日婚姻届出を了したのであるが、相手方は異常性格者で、同棲以来申立人を精神的に虐待するのみならず、申立人に対し十分な生活費を支給せず、生活困難に陥り、申立人が和裁等の内職をしてやつと糊口をしのぐ有様で経済的にも苦労が多く、揚句の果ては、相手方は昭和三九年一一月中旬頃練馬警察署家事相談係に対し申立人が創価学会の信仰に凝つて狂言状態となり、事件本人を放置し或いは暴行虐待を加えているから事件本人を保護してもらいたいと虚構の事実を申し立て、同相談係のあつせんで事件本人を練馬福祉事務所を通じて東京都中央児童相談所一時保護所に預けるとともに、練馬保健所に対し申立人が狂信状態にある精神障害者であると虚構の事実を申し立て、同保健所を通じて東京都知事に対し精神衛生法による強制措置入院の申請をなしたため、申立人は、昭和三九年一一月一八日東京都○○市○○八四五番地○○○○総合病院に強制入院させられた。その後係医師の診断の結果、申立人が精神障害者でないことが判明し、申立人は昭和四〇年一月一四日退院することができたのであるが、このように申立人は同棲以来異常性格者である相手方によつて精神的にも経済的にも虐待されただけでなく、遂には虚構の事実の申告により、精神病院に入院させられるが如き、非人道的な仕打を受けるに至つたもので、相手方とはとうてい婚姻生活を継続することができないので、申立人は相手方と離婚するとともに、異常性格者である相手方に事件本人の監護養育をさせることはできないから、申立人が事件本人の親権者となつて現在児童養護施設救世軍世光寮で保護されている事件本人を引き取つて、監護養育したい。また、申立人は退院以来肩書住所の姉夫婦の許に居住しているが、度々相手方に対し相手方住所に存置してある申立人の衣類等の特有財産を引き渡すよう申し入れているのであるが、言を左右にして応じない。よつて、申立人が相手方と離婚し、事件本人の親権者を申立人と定め、また相手方は申立人に対し申立人の衣類等の特有財産を引き渡す旨の調停をされたい。

というにある。

二、本件調停の経過

申立人の調停申立は、昭和三九年一二月八日になされたのであるが、間もなく同年同月一四日に逆に相手方から申立人に対し、離婚ならびに事件本人の親権者を相手方と定め、かつ、離婚に伴う慰籍料の支払を求める旨の調停申立がなされた。その申立において相手方が主張する要旨は、

申立人は、事件本人出生数箇月後に創価学会に入会し、間もなく、その信仰に凝つて狂信状態となり、相手方に対し強く創価学会への入会をすすめたり、また参議院選挙の際には創価学会の候補者への投票を迫り、相手方としばしば喧曄口論をするようになり、また事件本人の監護養育についても、一方では事件本人が危険な往来に出てもこれに附添うこともせず、放置しておくかと思うと他方では事件本人が何か気に入らないことをするといきなり、事件本人に対し、つねり、炙をし、水をかける、火鉢にぶつける等の折檻を加えて虐待する有様で、どうにも手に負えない状態になつたので、相手方は昭和三九年一一月中旬頃練馬警察署の家事相談係に相談に行き、同係から練馬福祉事務所に連絡してもらい、事件本人を東京都中央児童相談所の一時保護所において保護してもらうとともに、練馬保健所を通じて東京都知事に対し、申立人が狂信状態にあつて精神障害者であるから精神衛生法による強制措置入院の申請をなし、その結果申立人は同年同月一八日に○○○○総合病院に入院させられることになつたのである。このように、申立人は、創価学会の信仰に凝り狂信状態となつた精神障害者であつて、相手方はとうてい申立人とこれ以上婚姻生活を続けることができないから、申立人と離婚し、また、精神障害者である申立人に事件本人を監護養育させる訳にいかないから、相手方が事件本人の親権者となつて、現在救世軍世光寮に保護されている事件本人の引渡を受け、これを監護養育することとしたい。また、相手方は、申立人との婚姻生活中、申立人によつて色々と精神的にも物質的にも損害を受けているので離婚に伴う慰藉料の支払をも要求する

というにある。

そこで、当裁判所調停委員会は、本件調停の申立に右離婚の申立をも併合して、昭和四〇年二月一日以後同年四月二一日に至る迄前後四回に亘つて調停期日を開いて調停を試みたのであるが、当事者双方とも離婚の点では意見が一致するが事件本人の親権者の指定については、ともに前述の如き理由で自ら親権者となつて監護養育する旨を主張してゆずらず、また、申立人の特有財産引渡の申立に対して、相手方は、申立人が慰藉料を支払うまでは、引渡に応ずることができないと主張し、相手方の慰藉料請求の申立に対して、申立人は、申立人側に全然慰藉料を支払わなければならない落度はなく、これに応ずる訳にいかない、むしろ相手方こそ本来慰藉料を支払うべきものであるが、支払う資力がないので、申立人は請求していないのだと主張する有様で、これ以上調停を続行しても、調停を成立させる見込がなくなつた。しかし、両当事者とも離婚の点では意見が一致しているので右昭和四〇年四月二一日の調停期日において、当裁判所調停委員会が勧告した結果、申立人は特有財産引渡の申立を、また相手方は慰藉料請求の申立を、いずれも主張しないこととし、相手方は、前記調停申立を取り下げたので、当裁判所調停委員会は、本件において、「(一)申立人と相手方とは本調停により離婚する。(二)当事者間の長女良子の親権者については、協議が調わないので、別に審判によつて、その指定を受けることとする。(三)当事者双方は、前記条項のほか、

将来互に名義の如何を問わず、何等の請求をしないこと」として、離婚の点で調停を成立させ、親権者の指定の点で、調停を不成立にすることとしたのである。したがつて、申立人の親権者指定の調停申立は、家事審判法第二六条第一項により、審判に移行し、右調停申立のときに、審判の申立があつたものとみなされたのである。

三、当裁判所の判断

よつて、審案するに、昭和三九年(家イ)第五一一一号夫婦関係調整調停事件記録中の戸籍謄本および調停調書、本審判事件記録添付の戸籍謄本、家庭裁判所調査官宮平知盛の調査報告書によると、申立人と相手方とは昭和三五年二月二一日結婚式を挙げ、直ちに東京都練馬区内において同棲生活に入り、その間に昭和三五年一一月二五日事件本人である長女良子を儲け、同年同月二六日婚姻届出を了したこと、申立人と相手方とは、同棲後とかく折合が悪く、とくに申立人が事件本人出産数箇月後に創価学会に入会してから、家計上の問題、信仰上の問題、および事件本人の監護上の問題等をめぐつて、事毎に意見が対立し、申立人と相手方との仲は破綻状態となり、申立人と相手方とは昭和四〇年四月二一日当裁判所の調停により離婚したこと、並びに、事件本人は、昭和三九年一一月一二日練馬福祉事務所を通じて東京都中央児童相談所一時保護所に保護され、同年一二月七日以降東京都杉並区和田本町一、〇四〇番地所在児童養護施設救世軍世光寮に収容され、現在に至つていることを認めることができる。

そして、昭和三九年(家イ)第五一一一号夫婦関係調整調停事件記録中の家庭裁判所調査官宮平知盛の調査報告書、本審判事件における同調査官の調査報告書並びに、申立人および相手方に対する各審問の結果によれば、(一) 申立人は現在家政婦として或る会社に住込稼働して、月収約三万円弱をえているに対し、相手方はクリーニング店に勤務し、月収約二万円をえているが、経済的能力の点で、両者の間にさほどの差異はないこと、(二) 申立人、相手方とも、事件本人に対する愛情の点でも差異はないが、ただ、相手方の事件本人に対する愛情はやや盲愛に過ぎる点があり、しかも相手方の考え方が自己本位で柔軟性がないこととあいまつて、この点は事件本人の監護養育を託するうえに若干障害となるものと思われること、(三) 相手方の事件本人に対する愛情がやや盲愛に過ぎる点から、事件本人は、前記施設入所当時は、父である相手方に対し受容的、母である申立人に対し、拒否的な態度をとつていたのであるが、事件本人は現在心理的に安定し、父母双方に対する思慕の情、並びに依存感情において別に差異はないこと、(四) 申立人は現在住込稼働しており、一定の住居を有しておらないのに対し、相手方は一定の住居を有しているのであるが、申立人といえども直ちに一定の住居をもつ能力は有しているのであつて、事件本人を直接監護養育するために適当な物的環境を与えうる点については、申立人、相手方の間に格別差異はないこと、(五) 事件本人に対する監護方針、事件本人の人格形成における対人接触(親族との人間的交流)等を含む、事件本人を監護養育するために適当な精神的環境の点については、申立人は親族との交流接点があるのに比し、相手方は孤立閉鎖的で、殆んど、親族との交流接触がないこと、(六) 申立人は四五才、相手方は六〇才という年齢の点、および両者の健康の点、並びに事件本人が未だ四歳という幼少児である点から、現実に事件本人を監護する能力の点で、申立人がまさつていること、(七) 申立人、相手方とも、事件本人を監護養育するには、他の者の援助協力を必要とするが、申立人は姉夫婦をはじめとして、親族の援助協力が可能であるに対し、相手方には、親族の援助協力がなく、僅かに現在の雇傭主の援助協力が考えられるのみであること、(八) 申立人は、相手方によつて精神障害者扱いをされ、昭和三九年一一月一八日、○○○○総合病院に入院させられたが、精神医による鑑定の結果精神状態が正常と判断され、むしろ相手方の方に誇張癖、徹底的好争性等の特性が顕著で、性格的にやや偏奇が見受けられること等を認めることができ、これらの諸点並びにその他諸般の事情を綜合して考察すると、事件本人の福祉のため、その親権者としては、相手方よりも申立人の方がより適当であると判断せざるをえない。

よつて申立人の本件申立は理由があるので、これを認容することとし、主文のとおり審判する次第である。

(家事審判官 沼辺愛一)

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